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福岡地方裁判所 昭和35年(タ)27号 判決

原告 中林緑

被告 中林政男 〔人名いずれも仮名〕

主文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長女美子(昭和三〇年一一月一九日生)および二女美枝(昭和三三年二月二五日生)の親権者をいずれも原告と定める。

被告は原告に対し右美子ならびに美枝の扶養料として本判決確定の日より満七才に達するまでは一人当り月二、〇〇〇円宛、満七才から満一四才に達するまでは同三、〇〇〇円宛、満一四才から成年に達するまでは同四、〇〇〇円宛を毎月末限り支払え。

被告は原告に対し金五〇、〇〇〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項第二項同旨ならびに、被告は原告に対し美子、美枝の扶養料として昭和三三年一一月一日以降満七歳に達するまでは一人当り月二、〇〇〇円宛、満七歳から満一四歳に達するまでは同三、〇〇〇円宛、満一四歳から成年に達するまでは同四、〇〇〇円宛を既に経過した分は直ちに、その後は当該月分を毎月末限り支払え。被告は原告に対し金一〇〇、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

「一、原告と被告とは、昭和三〇年三月一六日事実上の婚姻をして同棲し、同年一一月一八日婚姻届をすませた夫婦であつて、原、被告間には昭和三〇年一一月一九日長女美子が、また、昭和三三年二月二五日二女美枝が出生した。

二、原告は、被告が真面目な青年であるものと信じ被告との結婚を承諾したところ、被告は、同棲後僅か六ケ月位にして女給その他多数の女性と性交渉をもち、その結果原告は被告より性病を感染させられた。被告は、その後右のほか二、三の人妻とも性的関係を継続していたが、約二年後に原告の知るところとなり、原告においてその所業を難詰したが、依然としてこれらの関係を絶たず、かえつて原告に自己の女性関係を誇示して原告を懊悩せしめた。

三、被告は、原告と結婚するに際して、結婚後においては原告の実家に対しても月月相当の経済的援助をしてやるという約束をしたにもかかわらず、同棲当初から自己の収入をもつぱら自己の遊興費や女性関係等に費消して原告の実家に対する経済的援助はもとより原告に対しても全然生活費を渡さなかつた。そのため原告は、約七ケ月間位は原告の失業保険給付金月額一三、〇〇〇円程度で生活していたが、同給付金が支給せられなくなつた後である昭和三一年一月頃からは被告に強要せられて産後の身体の不調をも押して米軍小倉キヤンプに勤務しその給料月額一八、〇〇〇円位で辛うじてその生計を維持することに努めてきたが、健康上到底同勤務に耐えなかつたし、また、原告の実母の反対もあつたので約三ケ月程勤務して退職した。その後、原被告が別居した昭和三三年一〇月迄の二年有余の間被告はその収入の殆んどを自己の不貞行為などに費消し原告にはその生計費としては僅か月額合計五、〇〇〇円か六、〇〇〇円程しか与えなかつた。そのため、原告は、長女美子等の病気治療費にも事欠く有様であつたが、被告は何ら意に介するところがなかつた。

四、しかるに、被告は、原告に対し屡屡金員の無心をして意の如くならないときは原告や長女美子に対し殴る蹴る等の暴行を加え、また、その他日常生活においても些細なことに憤激し原告や長女美子に対してさえも平気で殴る蹴るの暴行を加え、甚だしきは原告が姙娠中や産後病臥している時にも右のような暴行を敢てし原告をして瀕死の状態に陥らしめた。このため当時一、二歳の美子が極端に父たる被告を畏怖し、泣くにも父の顔色をうかがい、また泣いている時でも無理に笑顔を作つてみせるというような状態で、現在でも長女美子は依然として被告を恐れ、次女美枝も全然なつかない状態にある。

五、被告は、原告に屡屡堕胎を強要して堕胎せしめ、そのため、原告は、極度に健康を害され半病人同様の状態で生命さえおぼつかないことが度度であつた。

六、以上の次第であるため、原告は、も早これ以上被告と結婚生活を続けていくことが全く期待できなくなつたので、昭和三三年一〇月子供達を連れて福岡市の実家に逃げ帰るのやむなきにいたり、以後被告と別居して米軍板付基地に勤務し、月収約一八、〇〇〇円をえて美子、美枝を扶養し、希望に燃えた明るい日常生活を送つている。他方、被告は、同日以降現在にいたるまで原告はもちろん美子、美枝の生活費を全然与えず原告等を遺棄している。

七、被告は、先妻木村つね子との間に国照(昭和二一年五月九日生)という実子があるにもかゝわらず原告には初婚と詐り結婚を承諾させた。

八、原告は、被告との婚姻に際し持参した衣類、時計など金二〇、〇〇〇円相当の特有財産を被告のため勝手に遊興費用として入質費消された。

九、同じく原告の特有財産である退職金三〇、〇〇〇円は、原告が被告から遺棄せられたため費消のやむなきにいたつた。

一〇、そこで、以上の事実は、民法第七七〇条第一項第一、二号および第五号所定の離婚原因に該当するから原告は、これを原因として被告との離婚を求め、かつ以上のような事情であるため右離婚後における美子、美枝の親権者を原告と定める旨の裁判を求めるとともに、被告に対し請求の趣旨記載のとおり右二児に対する扶養料の支払を求め、又以上の各事実によつて原告の受けた肉体的精神的損害に対する慰藉料は金五〇、〇〇〇円をもつて相当とするから、被告に対し右慰藉料金五〇、〇〇〇円と前記原告の特有財産の侵害による損害金合計五〇、〇〇〇円以上合計金一〇〇、〇〇〇円の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。」

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、原告主張の請求原因事実は全部争う、と述べた。〈立証省略〉

理由

真正に成立したものと認める甲第一号証(戸籍謄本)に証人吉田あき子の証言および原告本人尋問の結果を合わせると、原告主張の請求原因一、の事実を認めることができる。

そこで、原告主張の離婚原因があるかどうかについて考える。

証人松山貞子こと松山サダヨ、同吉田あき子、同丸山鶴子の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

原告と被告とは原告の伯母松山サダヨの媒酌により昭和三〇年三月一六日事実上の婚姻をし同棲した。当時被告は、駐日米軍の小倉キヤンプに勤務していたが、多額の債務を負担していたため、給料中生活費には月五、〇〇〇円程度しか廻わすことができなかつたので、原告は、やむなく当分の間は自己において支給をうけた失業保険給付金あるいは退職金などで生活をし、また、時には原告の特有財産である着物、時計、カメラ等を入質して生活してきた。ところが、被告は、初婚といいながら意外にも過去において木村つね子と結婚生活を送つていた事実がある(同女とは昭和二五年五月二日協議離婚)ばかりでなく、その後原告と結婚するまでの間においても二、三の女性と性的関係があり、さらに原告と結婚した後においても売春婦、女給その他の女性との関係を継続していた。このため、被告は、性病に感染し、原告に対しても三、四回にわたつて、その性病を感染せしめた。そこで、原告は、精神的、肉体的に大いに苦痛を感じ、被告の愛情に疑いを抱くようになつた。しかも結婚後半年程を経た頃から原告の失業保険金の給付期間も切れ、生活が困難となるに及んで夫婦仲もいきおい円満を欠くようになり、被告は些細なことから原告に暴行を加えるようになつた。ところがその後昭和三〇年一一月一九日長女美子が出生したため生活がますます苦しくなつたので、被告は、原告に勤めに出ることを強要し、原告は翌三一年一月頃から米軍小倉キヤンプに勤務したが、産後の身体の衰弱などで到底その勤務に耐えなかつたばかりでなく、原告の実母もこの勤めに反対したため、約三ケ月程で右の勤めを辞めるようになつた。その後昭和三一年暮には被告は米軍小倉キヤンプを退職し、白タク運転手に転業したが、依然として原告にほとんど生活費を支給せず、原告等の生活は貧窮を極めた。この間原告は数回妊娠したが、その都度被告の強要によつて堕胎したため、原告の健康は常にすぐれなかつた。そして、この頃から被告の原告に対する暴行も増増激しさを加え、時には幼い美子をも虐待するので、原告は、二度程美子を連れて福岡市の実家吉田保方に逃げ帰つたが、その都度被告に連れ戻された。そして、昭和三三年二月一五日次女美枝が出生したが、その頃原告は、被告の女性関係をつきとめたので、これを強く難詰したが、被告は、少しも反省する様子がなかつた。そこで、原告は、被告との結婚生活が以上のような実情であるため、これ以上被告との結婚生活を継続することは到底期待できないものと考えて昭和三三年一〇月美子、美枝の二児を連れて前記実家に帰り、それ以来被告と別居し、自らは米軍板付基地に勤務し、月二〇、〇〇〇円程度の収入を得、内一〇、〇〇〇円を親子三名の食費として実家に入れ、右二児を養いながら今日にいたつたが、この間被告は、原告等に何の仕送りもせず、原告等の生活を全く顧みなかつた。なお原告は、昭和三四年福岡家庭裁判所に夫婦関係調整の調停申立をし、一年余の間調停が試みられたが、被告がこれに誠意を示さなかつたため、同調停は不調に終つた。

以上のような事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定の事実によると、被告の右所為は民法第七七〇条第一項第一号にいわゆる不貞な行為に該当するばかりでなく、右の事情は、同条項第五号にいわゆる婚姻を継続しがたい重大な理由に該当するものといわなければならない。

よつて、原告の本件離婚の請求は理由があるから正当としてこれを認容すべきである。

次に、以上認定の事実によると、被告の所為は、父たるに値しないものであり、他方原告が前認定のように昭和三三年一〇月以降長女美子および二女美枝を手許で養育してきた事実その他諸般の事情を考慮するときは、原、被告離婚後における右二子の親権者は原告と定めるのが相当である。

そこで、原告の損害賠償の請求について判断する。

先ず、慰藉料の請求について考えるのに、前記認定の事実によると、被告は原告の受けた前記精神的苦痛を慰藉すべき義務があるものというべきところ、前記認定の諸事実その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇、〇〇〇円をもつて相当とするから、被告は、原告に対し右慰藉料金五〇、〇〇〇円を支払うべき義務があるものというべく、被告に対しこの支払を求める原告の請求は正当としてこれを認容すべきである。

次に、原告の特有財産の侵害を理由とする損害賠償の請求について考えるのに、原告本人の供述によると、被告は、原告と結婚後原告の特有財産たる衣類、時計およびカメラ等を入質した事実を認めることができるが、さらに、同供述によると、右は、被告が原告の同意を得て原、被告間の生活費にあてるため入質費消したものであることが認められるから、被告の右所為は何ら不法行為を構成するものではなく、したがつて、原告のこの点に関する損害賠償の請求は失当として棄却すべきである。

さらに原告は被告から遺棄されたため退職金三〇、〇〇〇円を費消しこれと同額の損害を受けたのでこの賠償を求めるというので、この点について考えるのに、被告が原告と結婚後原告に生活費として渡した金員が原告等の生活を維持するに十分でなく、その結果原告はその特有財産たる退職金三〇、〇〇〇円を生活費として費消するにいたつたことはさきに認定したところから明らかであるが、そうだからといつて右の退職金の費消が被告の不法行為ないし債務不履行にもとづくものとは到底認められないから、原告の右請求もまた失当として棄却すべきである。(仮りに、原告の右請求が被告において婚姻費用の負担を免れたことによる不当利得の返還請求であるとしても、夫婦の生活は夫婦間の協力によつて維持すべきものであり、婚姻費用の分担は、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して定められるべきところ、原告の費消した右金三〇、〇〇〇円がその分担額たる婚姻の費用の範囲を超えて支出したものであることを認めるに足る証拠は全然ないから、右請求も理由がない。)

そこで、次に原告は、扶養料の支払を求めるのでこの点について判断する。

元来、扶養に関する処分は、家事審判法第九条第一項乙類第八号の家事審判事項に属し、家庭裁判所の管轄に属するものであつて、地方裁判所の管轄に属しないものというべきであるが、人事訴訟法第一五条第一項により離婚の訴と同時に申し立てられた場合には地方裁判所においても右の処分をなし得るものとすると解するのが相当である。けだし、同条は離婚の訴において、裁判所は申立により元来家庭裁判所の管轄に属する処分のうち子の監護をなすべき者其の他子の監護に付き必要な事項を定めることができるものとしているが、その趣旨は、子の監護養育に断層が生じることを避けるのを目的としたものと解すべきであるから、同条に所謂「其ノ他子ノ監護ニ付キ必要ナ事項」という中には、子の監護養育の費用たるべき扶養料の支払を命ずる処分をも含まれると解すべきである。いいかえれば、婚姻中は夫婦が共同して子を監護育成するわけであるが、一旦離婚すれば、その一方のみが子の親権者ないし監護者と定められる結果、そのものの扶養能力等から見て必ずしも子の保護に欠ける点が生ずる恐れなしとしないから、裁判所は、離婚の判決において離婚の効果発生と同時に子の親権者ないし監護者を定めるとともに、子の扶養に関する処分として扶養料の支払を命ずるのを相当とするのであつて、これが離婚の際における子の監護を全うするゆえんでもあろうと考えられるのである。そして、また、かように解することが、離婚の判決確定後あらためて家庭裁判所にこの点に関する審判の申立をすること省かしめることとなるのであつて訴訟経済の見地からも妥当であろうと考えられる。

以上の次第で、当裁判所は、離婚の判決において当事者の一方に対し子の扶養料の支払を命ずる処分を定めることができるものと解する。

そこで、扶養料額について考えるのに、前記美子および美枝の二子は、原告が被告と別居後現在にいたる迄原告の実家においてその手許で養育しているのであつて、現在原告および美子、美枝の食費として実家に約一〇、〇〇〇円を差し入れているとのさきに認定した事実および右二子が成長するにしたがつて監護教育費の増大することの明らかな事実其の他本件にあらわれた諸般の事実を考慮するときは、右二子に対する扶養料の額は、主文第三項掲記のとおり定めるのが相当であるからこれを被告に支払わせることとする。(なお原告は、右二子に対する昭和三三年一一月一日から離婚にいたるまでの扶養料を請求するが、これを認容すべき理由は見出しがたいから、この間の扶養料については支払を命じないこととするが、この点に関する処分は本質上家事審判事項に属し、いわば非訟事件というべきであるから、特にこの部分に関する申立を棄却しない。)

なお、右扶養料に関する処分は本質上家事審判事項に属するものであり、したがつて、この点に関する判決が確定しても既判力を有しないから、将来扶養権利者または扶養義務者から事情の変更を理由として家庭裁判所に扶養関係の変更または取消を申し立てることを妨げるものでないことを付言しておく。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 唐松寛)

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